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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)35号 判決

主文

原判決を破毀する。

本件を東京高等裁判所に差戻する。

理由

辯護人海野普吉同位田亮次の上告趣意書は「第一點原判決ハ適法ナラサル證據ヲ斷罪ノ資ニ供シタル違法アルモノト信ス。原判決ハ其ノ事実理由ニ於テ被告人は……中略……同日午後八時過頃東那須野村大字下中野地内に差蒐った際右本田良一と共に左手(西方)の雜木林に向ひ小便し同人が小便を終って一歩歩き出した瞬間突如背後から前記薪割を両手に振上げ同人の頭部に一撃を加へ同人が一旦その場に俯伏に打ち倒れたが間もなく起き上り叫び聲を発したので、直ちに右薪割を振って再び同人の頭部を二回程強打し、因って同人の頭部に長さ十一糎幅三糎餘深さ骨に達し骨折を惹起した割創その他の傷害を被らせその場に昏倒させ……中略……右本田良一は翌二十四日朝迄の間に同所に於て右傷害に基く頭蓋骨々折による多量の失血のため死亡したものであるト判示シ、更ニ其ノ證據説明ニ於テ右事実は……中略……一、醫師黒須周作々成の昭和二十一年七月十九日付鑑定書中傷害の部位程度及び死因について判示同趣旨の記載後略ト判示セリ。即チ原判決ハ判示事実ノ中、被害者本田良一カ被リタル傷害ノ部位程度及ヒ其ノ死因ニ付テハ醫師黒須周作作成提出ニ係ル昭和二十一年七月十九日附鑑定書ニ依リ之ヲ認定シタルモノトナシタリ。仍テ右黒須周作作成ニ係ル鑑定書カ適法ナル手續ノ下ニ作成セラレタルモノナリヤ否ニ付檢討スルニ、該鑑定書ニハ其ノ冒頭ニ(記録第三一三丁)被害者不明殺人被告事件ニ付昭和二十一年五月二十四日宇都宮地方裁判所檢事事務取扱檢事平田進氏ヨリ栃木縣那須郡東那須野村下中野地山林ニ於テ氏名不詳ノ屍體ニ付左記事項ノ鑑定ヲ命セラル一、創傷ノ部位程度一、致死ノ原因一、兇器ノ種類一、死者ノ年齢、依テ同檢事平田進氏立會ノ上自午後五時至七時右死體ヲ解剖鑑定スルコト左ノ如シトノ記載及ヒ宇都宮地方裁判所檢事事務取扱檢事平田進ノ檢視並ニ檢證調書(記録二丁以下)ニ昭和二十一年五月二十四日黒磯警察署長ヨリ別紙ノ通リ變死人ニ關スル報告ニ接シ宇都宮地方裁判所檢事局檢事事務取扱平田進ハ裁判所書記秋元勝豊ト共ニ其ノ場ニ到リ檢視ヲ爲スコト左ノ如シ一、檢視ノ日時及場所昭和二十一年五月二十四日午後三時着手場所ハ那須郡東那須野村大字下中野地内山林中二、略三、變死人ノ模樣略、一見他殺ト認メ得ラルル状況ナルヲ以テ醫師黒須周作、檢案ヲ囑託シ尚事案急速ヲ要シ死體解剖ノ必要アリト認メ引續キ檢證處分ヲ爲シタリ。一、現場ノ模樣略、二、死體ノ状況略、(一)着衣略、(二)創傷ノ模樣略依テ檢事ハ醫師黒須周作ヲシテ死體ニ付左記事項ノ鑑定ヲ命シタルニ其ノ結果ハ書面ニ依リ提出スヘキ旨述ヘタリ鑑定事項一、創傷ノ部位程度二、致死ノ原因三、死後ノ經過時四、兇器ノ種類五、死者ノ年齢、三、附近ノ状況略、四、兇行現場ノ模樣略、右檢視並ニ檢證ニハ黒磯警察署長栃木縣警部星敏同署勤務警部補關沢信立會ヒ同日午後六時十分終了セリトノ記載アリ。由之視是、本件ニアリテハ先ツ被害者本田良一ノ變死體発見セラレタルニヨリ其ノ所在地ヲ管轄スル宇都宮地方裁判所檢事局檢事事務取扱檢事平田進之カ檢視ヲ爲シ、其ノ結果他殺ト認メ得ラルル状況ナリシヲ以テ醫師黒須周作ニ對シ死體檢案方ヲ囑託シ、尚事案急速ヲ要スルモノアリタルヲ以テ引續キ檢證ヲ爲シ、右死體ヲ解剖ニ付シ、醫師黒須周作ヲシテ之カ鑑定ヲ命シ、檢事ノ該鑑定命令ニヨリ醫師黒須周作ハ本件鑑定書ヲ作成シ提出シタルコト明カナリ。換言スレハ檢事平田進ハ、刑事訴訟法第一八二條第一項ニヨリ被害者ノ變死體ニ臨ミ檢視シタルニ他殺ト認メ、同條第二項ニ依リ引續キ檢證ヲ爲シ、更ニ進ンテ公訴提起前ニ限リ檢事ノ爲シ得ル強制處分トシテ醫師黒須周作ニ對シ創傷ノ部位、程度、致死ノ原因、死後ノ經過時、兇器ノ種類、死者ノ年齢等ノ鑑定ヲ命シ、醫師黒須周作ハ檢事平田進ノ命シタル右事項ヲ鑑定シ本件鑑定書ヲ作成提出シタルモノナリ。而シテ右述ノ如ク、本件鑑定書カ、檢事ノ公訴提起前ニ於ケル強制處分タル鑑定命令ニ依リタルモノナルコトハ、前掲記載ノ如ク右鑑定書ニ明瞭ニ檢事ノ命ニヨリタル趣旨ノ記載並ニ檢視並ニ檢證調書中(記録第二丁以下)檢事カ該鑑定ヲ命シタル趣旨ノ記載、更ニ同調書中檢事平田進カ醫師黒須周作ニ對シ任意處分トシテ死體檢案方ヲ囑託シタル趣旨ノ記載、及ヒ右黒須周作作成提出ニ係ル死體檢案書(記録第一二丁以下)中ニ同人カ檢事平田進ヨリ死體檢案方ヲ囑託セラレタル趣旨等ノ記載アリテ、強制處分ト任意處分ト其ノ文言ヲ異別ニ使用シ一ハ「命シ」トアリ他ハ「囑託シ」トアルニ徴スルモ疑ナキトコロナリ。仍テ、前記刑事訴訟法第一八二條第二項ニヨル所謂繼續檢證ト強制處分ニヨル鑑定トノ關係ニ付考察セムニ、檢證ハ檢證物ヲ以テ其ノ目的ト爲シ其ノ性質物ニ對スル證據手續ナルニ反シ、鑑定ハ鑑定人ヲ以テ其ノ對象ト爲シ其ノ性質人ニ對スル證據手續ニシテ両者其ノ性質手續ヲ異ニスルヲ以テ檢證ノ内ニハ其ノ性質ノ相容レサル鑑定ヲ包含セサルモノト解ササル可カラス。サレハ、檢事カ變死者又ハ變死ノ疑アル死體ニ付檢視ヲ爲シ、犯罪アルコトヲ発見シタル場合ニ於テ急速ヲ要スルトキハ引續キ檢證ヲ爲スコトヲ得ルハ刑事訴訟法第一八二條ノ規定スルトコロニシテ同檢證ニ付テハ死體ノ解剖其ノ他必要ナル處分ヲ爲シ得ルコトハ同法第一八三條第一七六條ノ規定スルトコロナレトモ此ノ場合ニ於テ更ニ進ンテ鑑定ヲ命シ得ヘキ規定存セサルヲ以テ檢事ハ任意處分トシテ之ヲ囑託スル場合ハ格別強制處分トシテ之ヲ命スル職權ヲ有セサルコト一點疑ノ餘地ナク該命令ニ依リ作成セラレタル鑑定書ハ違法ノモノニシテ之ヲ犯罪事実認定ノ資ニ供スルヲ得サルモノト謂ハサルヘカラス。(大審院昭和八年(れ)第三七八號同年五月一一日刑事二部判決、大正十五年(れ)第一三二六號同年一〇月一一日刑事二部判決参照)然ラハ、本件醫師黒須周作提出ニ係ル鑑定書ハ適法ナラサル手續ニヨリ作成セラレタルモノト斷スルノ外ナク、斯カル違法ノ鑑定書ヲ斷罪ノ資ニ供シタル原判決ハ當然破毀セラルヘキモノナリ。而シテ右ノ點ニ付、或ハ本件ニアリテハ檢事ノ前述繼續檢證ノ結果所謂要急事件トシテ刑事訴訟法第一二三條第五號該當ノ事由アルモノトシテ同法第二一四條同第二二八條ニ依リ強制處分トシテ鑑定ヲ命シタル場合ナルヲ以テ、該命令ニヨリ作成セラレタル鑑定書ハ何等違法ナル手續ニヨリ作成セラレタルモノニ非ストノ論ナシトセス。然レ共刑事訴訟法第一二三條第五號ニハ死體ノ檢證ニ因リ犯人ヲ発見シタルトキトアリ、而カモ本件記録ヲ仔細ニ閲スルモ檢事平田進カ本件檢證ニ因リ醫師黒須周作ニ對シ前記鑑定ヲ命スルニ至ル迄ノ間ニ於テ、犯人ヲ発見シタリトノ記載絶エテ存スルナク、又本件全記録全證據物ニヨルモ斯カル事跡ノ毫モ之ヲ認ムルヲ得サルモノナリ。サレハ本件鑑定書ハ刑事訴訟法第一二三條第五號、同第二一四條、同第二二八條ニヨリ檢事ノ爲ス強制處分トシテノ鑑定命令ニヨリタルモノニ非サルコト極メテ明白ナリ。果シテ然ラハ、原判決ハ適法ナラサル證據ヲ斷罪ノ資ニ供シタル違法アリ、到底破毀ヲ免レサルモノト信ス。尚、茲ニ附言スルニ、本件鑑定書ニヨレハ、該鑑定ノ爲ノ死體解剖ハ、昭和二十一年五月二十四日午後五時ヨリ同七時ニ至ル間ニ行ハレタル旨ノ記載アルモ、検事平田進ノ檢視並ニ檢證調書ニハ、右檢視ノ開始セラレタルハ同日午後三時ニシテ死體解剖ヲ終ヘテ檢證ヲ全ク終了シタルハ同六時十分ナル旨ノ記載アリ。右檢證ノ終了シタル時刻ハ果シテ孰レカ真ナリヤ否、甚タ惑ハサルヲ得ス。且、右檢證調書ニヨレハ檢事平田進ハ醫師黒須周作ニ對シ鑑定事項トシテ、創傷ノ部位程度、致死ノ原因、死後ノ經過時、兇器ノ種類、死者ノ年齢ノ五項目ノ鑑定ヲ命シタルニ拘ラス、本件鑑定書ニヨレハ右五項目中、死後ノ經過時ノ鑑定ヲ逸脱シ居レルコト明カニシテ、彼此考量スルニ本件鑑定書ハ醫師黒須周作カ之ヲ作成スルニ當リ良心ニ從ヒ誠実ニ鑑定ヲナシタルモノナリヤ否甚タシク疑問ヲ抱カサルヲ得サルモノアリ。一言茲ニ附言スル次第ナリ。以上。」と言うにある。

原判決は原判示の事実を認定するにあたり醫師黒須周作作成の昭和二十一年七月十九日附鑑定書を證據として採用しておることは原判文上明かである、よって右鑑定書が果して適法の手續により作成せられたか否やにつき按ずるに右鑑定書及び本件記録中の檢視並に檢證調書を看るといづれも論旨摘録の如き記載があるのであるから、本件においては先づ被害者本田良一の變死體が発見されたので、その所在地を管轄する宇都宮地方裁判所檢事局檢事々務取扱檢事平田進が檢視を爲し、その結果他殺と認め得られる状況であったから醫師黒須周作に檢案を囑託し、なほ事案急速を要し死體の解剖の必要があると認めたので引續き檢證を爲し、右死體を解剖に付し、醫師黒須周作に對しこれが鑑定を命じ、右醫師は檢事の該鑑定命令により本件鑑定書を作成して提出したものであることは明かである、ところで檢事が變死體につき檢視を爲し犯罪あることも発見した場合において急速を要するときは引續き檢證を爲すことができることは刑事訴訟法第百八十二條の規定するところで、同檢證については死體の解剖その他必要なる處分を爲すことができることは同法第百八十三條第百七十六條の規定するところであるが、この場合に更に進んで鑑定を命ずることのできる規定はないのである、唯檢事は同法第二百二十八條第二百十四條の規定により同法第百二十三條各號の場合に鑑定を命じ得るに過ぎないのであるから、右第百二十三條各號に該當しない場合には檢事は鑑定を命ずる職權を有しないのである、そして本件鑑定書は前記の如く檢事の鑑定命令により作成せられたもので檢事が刑事訴訟法第百二十三條各號のいづれにか該當するものとして同法第二百二十八條第二百十四條により鑑定を命じたものでないことは本件檢視並に檢證調書によって明白であるから檢事のした本件鑑定命令は不法であってこれに基づき作成された鑑定書は適法の手續により作成されたものと言うことはできないのである、果して然らば該鑑定書を本件犯罪認定の資料に供した原判決は違法で論旨は理由がある、從って原判決はこの點において破毀を免かれない、被告人の上告趣意書については説明を省略する。

よって本件上告は理由があるから刑事訴訟法第四百四十七條第四百四十八條の二の規定により主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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